夫と妻と、犬が一匹。築37年の中古マンションを買って、リノベーションをする話です。

家族紹介

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昔から、お酒を飲んだあとに乗る電車や、コンビニがきらいです。何がといえば、あの白い電気です。アルコール摂取によってぼんやりとする思考も、肌の不調も、すべてを鮮明に照らそうとするあの、煌々とした光の暴力。やめてくれ、と思います。見えないものは見えない塩梅を保ってほしい。ひとには明るみにしたくない、後ろめたいことがたくさんあるのだから、と。

チューブランプへの懸念

もともとチューブランプは、リビングの中央を通すレール用の照明として候補に挙がったものでしたが、むしろダイニングの照明にしたほうが収まりがよいのでは? という提案がフジコ先生からあり、もっともだということで、とりあえずダイニングの照明としてチューブランプを検討することとなっておりました。

  • 完成間取り図1
    ダイニングテーブルを照らす明かりとして、存在感のあるチューブランプがいいということに。

そして前回書いたように、Bellbetさんのチューブランプでほぼ確定していたこのダイニングの照明。フジコさんの何気ない一言に、わたしが猛烈に反応したことによって、ストップがかかってしまったのでした。

「チューブランプは店舗とかに入れることもあるので、明るさはじゅうぶんだと思います」

これはフジコさんの、夫に対する配慮としての言葉でした。前回冒頭にも書きましたが、夫はもともと「なるべく部屋を明るくしたい」という意向があり(前の部屋でも「この部屋暗いよね。照明増やす?」といつも言っていた)、照明計画に関しては「暗くないか」という心配ばかりをしていました。得てして洒落た照明というのは光量が少なくなりがちであるという前提も手伝い、わたし自身も「夫が文句を言わない程度に明るい照明を」という考え方をしていたものでした。が、しかし。

「明るさ……どのくらい?」
「かなり明るいと思います。蛍光灯型のLEDが2本入るので。コンビニとかまではいかないですけど」
「明るすぎるのは、ダメです」

明るすぎるのが嫌だという意思表明を、わたしはしていませんでした。得てして洒落た照明というのは光量が少なくなりがちであるという前提があったからです。心配をしていなかったから、言わなかった。けれども、わたしの明るすぎる照明に対する危機感は、夫の暗すぎる部屋に対するそれを上回るくらい、断固としたものでありました。せっかく日が落ちたのに、電気をつけたらまた昼間みたいに明るくなるなんて耐えられない。頭が痛くなってしまう。そう思いました。

「チューブランプ、やめましょう」

と、わたしは言いました。チューブランプの形状はとても気に入っていたし、はるばる東松山までいって、さんざん時間をかけて選ばせてもらったことを思うと気が引けましたが、住んでからの日々のストレスを想像するともう、絶対にダメ、という気持ちでした。わたしの頑なさを感じ取ったフジコさんが「じゃあ、再検討しましょうか」と言ってくれ、夫も「恰好いいけどな、チューブランプ」と渋い顔をしつつ、再検討を受け入れてくれました。

チューブランプへの未練

とはいえ、チューブランプへの未練が断ち切れない気持ちがわたしの中にもありました。なぜならば、恰好いいからです。あの直線的なフォルムが完全にイメージに合っていたので、代替案がまったく浮かばないのです。「あるいは、蛍光灯を一本抜いておくとか?」「それは変だろ」などと言い合いながら、夫とため息をついておりました。

フジコさんはフジコさんで、チューブランプをネット検索しては、形の違うチューブランプを見つけて、店舗に問い合わせて明るさの確認をしてくれたりしていました。「やっぱり、どれも明るさは同じくらいですね。蛍光灯型の照明が2本入るとどうしても明るくなってしまいます」と、我々とともに残念がってくれたフジコ先生に、申し訳なさと、ありがたさと。愛。

チューブランプと、ANTISTICの小林さん

そんな風にうなだれながら日々は過ぎていたわけですが、決めることが膨大にあり、あらゆることが同時進行していくリノベーション。照明にばかりかまっていられないのです。

この時期の我々は、暇さえあればインテリアショップを回り必要なものを物色していたのですが、なかでも、ダイニングテーブルを注文していたANTISTICの小林さんのもとへは、比較的近所ということもあり、毎週のように通っていました。ここだけの話、夫が小林さんの人柄をえらく気に入っていて、休日、行くべきお店を回ったあと、さして用もないのに「小林さんとこでも寄ってくか」と言うのです。それが面白くて、「また?」と笑いながらわたしもついていくのでした。

小林さんが出てくる話はコチラ
vol.09「ダイニングテーブルの鉄脚を注文した話」
vol.10「ダイニングテーブルの天板に関する話」

そうして、例によってANTISTICに寄ったある日、いつもどおり買う気があるのかないのか不明瞭な感じで店内をうろつきながら、我々は小林さんに、雑談として、チューブランプの話をしたのでした。「だから、照明、どうしようかなーと思ってるんですよね……」という感じで。そうしたら、なんと、小林さんが言うのです。

「チューブランプ……(蛍光灯)1本のやつ、(ウチに)あったんじゃないかな……」
「えっ!!! あるの!!?? 1本のやつ!!???」

インターネットの海を泳いでも泳いでも見つけられなかった「蛍光灯が1本のチューブランプ」が、あると言うのです。まさか、と思いました。小林さんのヒゲ面が、神々しく見えた瞬間でした。無駄に通ってよかった。いや無駄ではなかった。持つべきものは、行きつけのアンティークショップ、です。

いちかばちかの、小林さん

「あったんじゃないかな……」と言う小林さんの後について、お店の奥にある工房スペースへいくと、ありました。チューブランプ。「まだ加工前なんですけど」と言う、神々しいヒゲ面の小林さん。わたしは、その、確かに蛍光灯が1本だけ入る仕様の、細くてスマートなチューブランプがいっぺんに気に入りました。「恰好いいな」と、夫も同じ気持ちのようでした。

  • tubelamp_before
    Bellbetさんのチューブランプはドイツのもので、これはフランスのものだそうです。シルバーっぽい色もモールテックスの空間に合いそうで、佇まいもゴツすぎず、めちゃくちゃいい。

しかし、ですね。人生には3つの坂が、わりとたくさんあるもので。

探し求めていたチューブランプとの出会いに感激している我々夫婦を見て、神々しいヒゲ面の小林さんも笑っておりました。しかし、それは何だか苦笑いのような、微妙な表情で、小林さんは言うのです。

「ただね、完成できるかどうか分からないです……」
「……え?」

え? と、なりますでしょう。もちろん、我々は説明を求めました。
すると、小林さん。

「いや、この、鉄の部分をこう、加工しようと思って、とりあえず分解したんですけどね……ちゃんと組み立てられるかなぁ、と思って。あんまり自信ないなぁ(笑)」

かつて、こんな満面のはにかみ笑顔のヒゲ面を見たことがあっただろうか。という、数秒の間のあと、我々夫婦は口々に「いやいやいや、そこは頑張ってくださいよ」とか「まさか、そんなことあります?」とか言いながら爆笑したのですけれども。「いや、がんばります。やってみます。大丈夫! か、どうかは分からないですけど(笑)、とりあえず一週間ください」とニヤニヤしている小林さんにすべてを託して、行きつけのアンティークショップ、ANTISTICを後にしたのでした。

憧れのチューブランプ、完成

ANTISTICでの件をフジコさんにもすぐに報告し、「完成するといいですね……」とドキドキしながら待つこと一週間。小林さんからメールが届きました。

チューブランプでございますが、一応完成致しました。
写真添付致します。
が、暗くて格好良さが全く分からないため、明日の明るい時間帯に
再撮影して再送させて頂きます。
重量は5.8kg程度です。

という文面に添えて。

  • unnamed
    ちゃんと完成したチューブランプ。とても恰好いい。
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    次の日、「チューブランプ画像再送致します。でもやはり暗くてわかりづらいです。スミマセン」という文言とともに送られてきた写真。大丈夫です小林さん。じゅうぶん恰好いいです!

と、いうわけで、めぐりめぐるチューブランプの話、ほんとうはここから、シェードを付けるか付けないか、コードの巻き方はどうするか、ダイニングテーブルのどの位置に中心を合わせるか、など紆余曲折あったのですが、もう充分めぐりめぐったので、ここまでとします。

一度は諦めかけたチューブランプ、偶然の重なりによって最善の選択ができました。なかなかのミラクルであったように思います。何度見ても恰好いい照明が家の中心にどんとあるのは、間違いなくひとつ、しあわせなことです。

Q本かよ

qmoto_ap

俳優/コピーライター/デザイナー
舞台を中心に俳優として活動する傍ら、雑誌、広告でコピーやデザインの仕事を手がけている。
2017年に中古マンションを購入しリノベーション。夫と二人暮らし。曇天という名の犬もいる。