別荘には人のロマンが溢れている。【近代別荘建築 歴史を繋ぐ建物とその物語】

「日々の疲れを癒やす別荘を……」。誰もが一度は思い描くことかもしれません。でもそんな夢を実現できる人はごくわずか。だったら、これまで建てられた別荘に目を向けてみましょう。そこには所有者がこだわったポイントが、随所に散りばめられているはずです。今回ご紹介する『近代別荘建築 歴史を繋ぐ建物とその物語』でそのこだわりの数々を知ると、日々の生活に活用できる工夫を発見できるかもしれません。

私たちの知らない「別荘の世界」

専門的な解説によって建物の魅力を紹介するだけではなく、所有者や管理者へのインタビューを通して「建物」と「人」の関係を探っていく『味なたてもの探訪』シリーズ。

2022年1月に発刊された第4弾は「別荘」に焦点をあてています。タイトルは『近代別荘建築 歴史を繋ぐ建物とその物語』。明治から昭和初期に建てられた8軒をピックアップし、ロングインタビューを交えながら、170点を超えるビジュアルとともに、背景にある歴史や思いを辿っていく1冊です。

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軽井沢や箱根、那須高原と聞くと、多くの人は「避暑地」をイメージするのではないでしょうか。

緑に囲まれた涼しい場所で休暇をとりたい。そんな願いを叶えるために建てられた家が別荘です。自宅とは異なるもう一つの我が家。そこは日常を過ごす本宅では、暮らしの都合上、反映することのできないデザインや機能、立地などのさまざまな願望が絡み合って建築されています。

そもそも日本における別荘の発祥は平安時代にまでさかのぼるとのこと。大名の別邸としての下屋敷や、隠れ里の侘び住まい、そして天皇の離宮など、現代とは違うカタチで別荘や別宅は存在していました。そこから時代が進み、明治時代になると、私たちがよく目にする「近代別荘」がうまれていきます。

では人はどんな理由で別荘を持ち始めたのでしょう。その疑問に対する社会的・風俗的背景を、本書では4つに分類しています。

賓客接待/避暑避寒/療養保養/農場経営

そしてここから建てる場所や、所有の動機を考慮することで、さらなる細分化が可能です。

高原避暑型/温泉保養型/海浜保養型/農場経営型/都市内交流型/郊外保養型/御用邸

同じように見える建物が、6種類にも分けることができるのを知ると、よりいっそう別荘への興味が湧いてきませんか? ただ涼しいところに行きたいから建てているわけではないとなると、どういった理由があるのでしょうか。これからご紹介する2軒を通して、もう一歩「別荘の世界」へと踏み込んでいきましょう。

住めば都。いや、住めば母国に。

先ほど説明した分類の中で、もっともポピュラーなタイプは「高原避暑型」です。

鉄道網が整備された明治時代中期、バカンスの文化を持つ在日外国人によって近代別荘は発展していきました。慣れない日本の蒸し暑い気候の中で、母国にいる時以上に「避暑」という願望が強まっていたのかもしれません。

一方、日本人が建てる動機は少し違います。それは涼しさへの渇望ではなく、西洋への憧れ。自宅で過ごす和風の暮らし方ではなく、外国人の文化を真似して、ハイカラに過ごしたい。そんな願いが組み込まれていったのが日本人の「高原避暑型」の別荘です。

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奥日光に建つ『イタリア大使館別荘』は、先ほど説明した欧米人が追い求めた別荘の代表例。四季折々の自然を楽しむことのできる日光は当時のお雇い外国人にとっても絶好の避暑地でした。

日本独自のモダニズム建築を確立したアントニン・レーモンドによるこの建物は「その土地の特色を生かした現地の材料をつかうのがいい、しかもできるだけ自然のままに」という基本思想を忠実に再現したもの。

外壁や内装には杉皮が用いられ、貼り方は日本独自の市松網代や矢羽を採用しています。また自然石によって積み上げられてた暖炉からも、レーニンのこだわりが伝わってきますね。

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随所に見られるこだわりポイントの中で、とりわけ目につくのが中禅寺湖南側に向けて設置された全面ガラス戸の屋根付きテラスです。

当時イギリスで流行した窓からの風景を絵画のように楽しむ文化「ピクチャレスク」を堪能したい。そんな思いをカタチにして、目の前に広がる美しい湖を眺めるために、窓の縁を額縁に見立てた設計になっています。

『こんな風景はじめて見た』『慌ただしい世の中でこんな所は他になかなかない』

本書に掲載されている写真からでも、その美しさを感じることはできますが、ここまで言わしめる景色はどこまで素晴らしいものなのでしょうか。一般立ち入りできるこの別荘に実際に訪れてみれば、当時の思いを辿る手がかりになるかもしれませんね。

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日本人が憧れた世界の暮らしを、ここで。

次に紹介するのは、総理大臣も務めた近衛文麿が購入した『旧近衛文麿別荘(市村記念館)』です。ここは『イタリア大使館別荘』とは反対に、この時代の日本人が抱いた欧米へのあこがれを詰め込んだと言っても過言ではない1邸。

当時の西洋住宅の特徴ともいえるモルタル塗りを外壁に施し、丸太と石を独特に組み合わせた玄関ポーチからも、思いの強さを感じますね。

外観からは洋風建築としか思えないこの建物。実際に入ってみると、一階には木目の床に暖炉が設置されている「洋」の室内が広がっています。しかし二階に上がると日本人が慣れ親しんだ「和」の室内がお目見え。和洋折衷の構造が用いられているこの1軒は、近衛文麿が求めた空間と慣れ親しんだものが融合した休息地だったのかもしれません。

本書の表紙にも用いられた近代別荘を代表する1軒。現在は記念館として立ち入ることができます。実際に訪れることで、当時の日本人が追い求めた西洋の暮らしを追体験するにはピッタリです。

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2つの別荘をみるだけで、異なった目的や造りをしていることが分かります。ただ訪れただけでは発見できない「こだわり」を説明してくれるこの一冊は、私たちが知らなかった別荘の面白さを、より深めてくれるにちがいありません。

個人の憧れや理想の暮らしへの願望がいたるところに詰め込まれた別荘。せわしなく過ぎていく日々に、ちょっとした休息を求めた先人たちに思いを馳せることで、現代の暮らしに活用できるものが見つかるかもしれません。日常の中では発見しにくい、人生をより楽しくいきるためのこだわりを本書で探してみてください。

「味なたてもの探訪」シリーズ公式Twitter

近代別荘建築 歴史を繋ぐ建物とその物語

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発売日:2022/1/26
発行:トゥーヴァージンズ
版型:A5/ ソフトカバー/ オールカラー

¥1,900(税別)

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